さて、7月19日の記事で、リー選手を紹介しました。
今回は、そのリー選手の弟で、ロッテ、大洋、ヤクルトと3球団で活躍した、レオン・リー選手の紹介します。レオン選手は兄とは違い、全く大リーグ経験なしながら日本の球界で大活躍しました。
〇レオン選手の経歴、年度別成績、通算成績
〇レオン選手の、ロッテ、大洋、ヤクルト時代
〇レオン選手が記録した1試合10打点の詳細
兄のリーに誘われて日本のロッテ・オリオンズに入団
レオン選手は、グランドユニオン高校を卒業後、セントルイス・カージナルスと契約しました。
しかし、中々メジャーに上がれませんでした。そんなとき、前年ロッテオリオンズに入団し、成功していた兄のリー選手に誘われて、昭和53年に思い切ってロッテに入団しました。
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昭和55年に打率.340 41本塁打、116打点

ロッテに入団したレオン選手ですが、1年目から打率.316 19本塁打 73打点と好成績を残します。
翌、昭和54年には、本塁打、打点ともに増やして35本塁打、93打点を記録し、打率も.304。
さらに、翌、昭和55年には、兄のリーが打率.358で首位打者になり、レオン選手も打率.340で打率2位になりました。この年は、ホームランも自己最多の41本を記録。打点も116で、完全に強打者の仲間入りを果たしました。
この頃のリー兄弟のことを、昭和55年に巨人から移籍していた張本勲選手は、
「2人とも日本野球に慣れるために懸命に努力していた」「大抵の外国人選手は無理に打球を打つことしかしない」
と語っており、やはり好成績の裏には、変化球が多い日本の野球に対応しようと、かなり努力していたことがわかります。
好成績も大洋ホエールズにトレードされる
さて、活躍していたレオン選手ですが、何故か昭和58年に、斉藤巧選手とのトレードで大洋ホエールズにトレードされます。
兄のリー選手によると、毎年のオフ、契約交渉の席で、兄弟2人で交渉する為にフロントから嫌がられてたというのが実情のようです。
しかし、この頃のロッテ・オリオンズは、昭和57年に落合博満が初めての三冠王をとり全盛期を迎えいました。リー、レオン、落合と強打者が3人も揃えば、相手チームからもさぞかし怖かったことでしょう。勿体無いトレードだったといえるかもしれません。(他にもロッテには通算348本塁打の有藤通世選手もいました)
大洋ホエールズに移籍しても、レオンは活躍しつづけました。在籍3年間で打率3割2回、30本塁打2回、90打点以上2回。
しかも、昭和60年、8月10日には、相手投手の津田恒美、北別府学、白武佳久から3本塁打、10打点を上げる大活躍。1試合10打点は今でもセリーグ記録として残っています。
今度はヤクルトスワローズにトレード
さて、大洋ホエールズでも活躍していたレオン選手ですが、またしてもヤクルトスワローズにトレードされてしまいます。
しかも、大洋最後の年は、110打点を上げていたというのに、「レオンはチャンスに打てない」という理解不可能な理由からです。
レオン自身も「宿無しになったみたいに惨めだった」と語っています。
しかし、レオン選手ですが、ヤクルトスワローズでも活躍しつづけます。昭和61年には34本塁打をマークし、3球団で30本塁打の偉業を達成!
日本最後の年の昭和62年も打率.300 22本塁打、73打点と全く悪い数字ではありませんでした。
因みにこの年のヤクルトは、現役の大リーガーだった強打者、ボブ・ホーナーが入団し、ホーナーの話題で持ちきりの年でした。
結局、レオン選手は日本に在籍した10年間、本当に安定した成績を残し続けました。不思議とノンタイトルでしたが、打率も1番低い年ですら.283
通算打率は右打者ながら.308、268本塁打、884打点。昭和62年に、ヤクルトで引退しました。
因みに同じ年に、兄のリーもロッテを引退しました。打率は兄の方が上でしたが、ホームランの飛距離はレオンの方が上でした。
活躍した兄弟選手の記事でもふれましたが、この2人は凄く息の合った兄弟でした。
レオンはのちに、オリックスの監督をやったこともあります。今でも日米のスポーツ交流のコンサルティング会社を経営している実業家でランディ・バースのように親日家です。また元気な姿をみたいものですね♬
レオン・リーの年度別打撃成績
年度 | 試合 | 安打 | 打率 | 本塁打 | 打点 |
S.53 | 128 | 149 | .316 | 19 | 73 |
S.54 | 128 | 147 | .304 | 35 | 93 |
S.55 | 128 | 165 | .340 | 41 | 116 |
S.56 | 107 | 119 | .301 | 13 | 62 |
S.57 | 128 | 136 | .283 | 22 | 78 |
S.58 | 128 | 136 | .288 | 30 | 98 |
S.59 | 130 | 154 | .321 | 21 | 84 |
S.60 | 128 | 140 | .303 | 31 | 110 |
S.61 | 130 | 154 | .319 | 34 | 97 |
S.62 | 120 | 136 | .300 | 22 | 73 |
合計 | 1255 | 1436 | .308 | 268 | 884 |
レオン・リーの通算成績
身長 | 182.9cm | |
体重 | 86.2kg | |
利き腕 | 右投げ右打ち | |
守備位置 | 一塁手、三塁手 | |
背番号 | ロッテ時代7 | 大洋、ヤクルト時代2 |
実働 | 10年 | |
試合 | 1255 | 外国人選手6位 |
打席 | 5218 | |
打数 | 4667 | |
安打 | 1436 | 外国人選手4位 |
二塁打 | 214 | |
三塁打 | 10 | |
本塁打 | 268 | 外国人選手7位 |
塁打 | 2474 | |
打点 | 884 | 外国人選手6位 |
得点 | 668 | |
盗塁 | 28 | |
四球 | 479 | |
三振 | 638 | |
打率 | .308 | 日本歴代10位 |
出塁率 | .372 | |
長打率 | .530 | |
最多安打 | 0回 | |
首位打者 | 0回 | 昭和55年に打率2位 |
本塁打王 | 0回 | |
打点王 | 0回 | 昭和60年に1試合10打点 |
ベストナイン | 2回 | 昭和55年、昭和61年 |