プロ野球のエース級の投手がめざすものに、シーズン20勝があります。
昭和10年代〜40年代あたりまでは、毎年のように20勝投手がでていましたが、ローテーションが確立した昨今のプロ野球では滅多に見られなくなりました。
例えば、意外なところでは最多勝4回の野茂英雄も未達成で引退しています。
今回は、そんな達成がむずかしい20勝を、新人の投手ながら記録した投手を調べてみました。(o^^o)
第1号の野口二郎投手を筆頭に22人の投手が成し遂げています!
「【投手の勲章】20勝の回数を調べてみた! 金田、稲尾、別所、米田」の記事はこちら
ふっく
埼玉在住の会社員。好きな野球のブログを2019年から続けている。
当サイトで、主にプロ野球選手を1人づつとりあげたり、ネタにしている。
新人20勝投手一覧

年度 | 名前・チーム | 勝敗 | 通算勝敗 |
昭和14 | 野口二郎 セネタース |
33-19 | 237-139 |
昭和16 | 神田武夫 (南海) |
25-15 | 49-35 |
昭和17 | 林安夫 (朝日) |
32-22 | 52-33 |
昭和21 | 白木義一郎 セネタース |
30-22 | 97-98 |
昭和22 | 梶岡忠義 (阪神) |
22-8 | 131-85 |
昭和24 | 武末悉昌 (南海) |
21-17 | 49-46 |
昭和25 | 大島信雄 (松竹) |
20-4 | 64-41 |
昭和25 | 荒巻淳 (毎日) |
26-8 | 173-107 |
昭和29 | 宅和本司 (南海) |
26-9 | 56-26 |
昭和29 | 梶本隆夫 (阪急) |
20-12 | 254-255 |
昭和30 | 西村一孔 (阪神) |
22-17 | 31-20 |
昭和31 | 秋山登 (大洋) |
25-25 | 193-171 |
昭和31 | 稲尾和久 (西鉄) |
21-6 | 276-137 |
昭和32 | 木村保 (南海) |
21-11 | 21-13 |
昭和33 | 杉浦忠 (南海) |
27-12 | 187-106 |
昭和35 | 堀本律雄 (巨人) |
29-18 | 63-59 |
昭和36 | 権藤博 (中日) |
35-19 | 82-60 |
昭和37 | 城之内邦雄 (巨人) |
24-12 | 141-88 |
昭和37 | 尾崎行雄 (東映) |
20-9 | 107-83 |
昭和40 | 池永正明 (西鉄) |
20-10 | 103-65 |
昭和55 | 木田勇 (日本ハム) |
22-8 | 60-71 |
平成11 | 上原浩治 (巨人) |
20-4 | 112-67 (日本) 22-26 (大リーグ |
新人で20勝以上した投手は昭和14年の野口二郎投手~平成11年の上原浩治投手まで22人います。
丁度20勝でシーズンを終えたのは大島信雄、梶本隆夫、尾崎行雄、池永正明、上原浩治の5人。
尾崎行雄投手は、オールスターまでに18勝も挙げて、30勝も可能のペースでしたが、
オールスター後は2勝しかあげられずに、20勝も危ないところでした。
そのうち、野口二郎、林安夫、白木義一郎、権藤博投手の4人が新人で30勝以上をあげています。


つまり、半数以上の投手が100勝未満で引退しています。50勝未満も4人。南海ホークスの木村保投手に至っては2年目以降は1勝も挙げられずに引退しています。
※ただし、神田武夫は肺病で病死、林安夫は戦死で投手寿命を絶たれました。
高卒、大卒、社会人のうちわけ(いずれも中退含む)
高卒 | 神田武夫・林安夫 宅和本司・梶本隆夫・稲尾和久 尾崎行雄(中退)・池永正明 |
大卒 | 野口二郎(中退)白木義一郎・秋山登・ 木村保・杉浦忠・上原浩治 |
社会人 | 梶岡忠義・武末悉昌・大島信雄 荒巻淳・西村一孔・堀本律雄 権藤博・城之内邦雄・木田勇 |
※大学を経由して、社会人卒などのケースは、最終的な在籍を載せています
22人中、高卒が7人。大卒が6人。社会人からの入団が9人。
やはり、キャリアの長い社会人からの入団した投手が1番多いのが目に付きます。
新人王を受賞したのは、制度ができた昭和25年以降は、16人中15人が受賞しています。
昭和29年は、20勝した梶本投手以外にも宅和本司が26勝して新人王を受賞しているので、新人で20勝を記録すれば、ほぼ新人王当確といっても間違いありません。
新人王にプラスしてMVPまで受賞したのが昭和55年日本ハムの左腕木田勇投手です。
パームボールを武器に22勝8敗、4セーブと先発・リリーフの大車輪の活躍でした。
高卒新人20勝の最後の投手は下関商の池永正明投手です。
池永投手はドラフト会議ができる昭和40年に西鉄ライオンズに入団しているので、ドラフト制度ができてからは高卒新人で20勝した投手は1人もいません。
最年少と最年長
新人20勝投手の中で、最年少は、昭和37年に20勝した東映フライヤーズの尾崎行雄投手の18歳。(プロ入団時は17歳)
最年長は、昭和25年に松竹ロビンスで20勝し、セ・リーグ初代新人王を受賞した大島信雄投手の29歳。
おまけ
プロ入団2年目から、14年連続20勝の日本記録をもつ金田正一投手は、昭和25年に、享栄高校3年の夏の甲子園愛知県予選準決勝で負けてすぐに高校を中退して、できたばかりの国鉄スワローズに入団しました。
8月23日の初登板から8勝しています。もし開幕から投げていたら20勝していた可能性があり、入団1年目から15年連続20勝を記録していた可能性もあります。
まとめ
さて、いかがだったでしょうか?
記録を見る限り、新人で20勝した投手が必ずしもプロで成功しているわけではないことがわかります。さすがに、1年限りでの活躍だとプロで成功したとは言えないでしょう。
ただ、新人20勝投手の中で、入団以来8年間20勝をつづけた稲尾和久投手や、入団5年間で156勝を記録した野口二郎投手など、大投手になった投手もいるのも事実です。
最後の新人20勝投手である、上原浩治投手以来もう21年も現れていませんが、
いつどんな投手が記録するかもわからないので新人投手には注目ですね♪(*^-^*)